メニューを開く

メガメニュー を開く

このページの先頭にもどる

メガメニュー を閉じる

コラム

  • 暮らし方のすすめ
  • 暮らしのこと

2026/09/25

美しい障子と格子から学ぶ、カーテンレスに暮らす家

美しい障子と格子から学ぶ、カーテンレスに暮らす家

――吉村障子と永田格子、その先にある日本の窓辺

家を建てるとき、窓があればカーテンを付ける。

それは、今の住宅ではごく当たり前のことです。

外からの視線を遮るため。
西日を防ぐため。
夜、室内が見えないようにするため。

けれど、少し立ち止まって考えてみると、

「なぜ、その窓にはカーテンが必要なのだろう?」

という疑問が生まれます。

窓の向こうに隣家が見えるからでしょうか。

道路から家の中が見えてしまうからでしょうか。

西日が強く入ってくるからでしょうか。

もしそうだとすれば、カーテンを付ける前に、建築そのものでもっとできることがあるのではないでしょうか。

私たちが、吉村順三の「吉村障子」や、永田昌民の仕事から受け継がれた「永田格子」に惹かれるのは、そこに窓を単なる「開口、明かりどりの窓」だけとして考えない姿勢があるからです。

窓をつくる。

その先に庭をつくる。

軒や庭木、塀や配置計画で視線を調整する。

光を柔らかくする。

そして、必要なところに障子や格子を入れる。

そうすることで、

カーテンを閉めて外を遮断するのではなく、外とつながったまま心地よく暮らす。

そんな住まいが見えてきます。


カーテンレスとは「カーテンを付けない家」ではない

まず、私たちが考える「カーテンレス」は、単純にカーテンを付けないことではありません。

本当に大切なのは、

カーテンを閉めなくても暮らせる家をつくること。

です。

伊礼智さんは、窓と景色との関係について、まず敷地に立って「どの方向に抜けがあるか」「どこから遠くの景色が見えるか」を探し、そのうえで窓の位置を考えると語っています。

さらに、近隣からの視線も意識しながら、できる限りブラインドやカーテン、障子を閉めずに、寝る直前まで開放的に暮らせるよう窓を配置する。そのために、植栽や簾なども使うと説明しています。

ここに、とても大切な順番があります。

カーテンで視線を隠すのではなく、まず建築で視線を解決する。

そのうえで、光の調整が必要なところには障子や格子などを使う。

つまり、

窓 → 庭・植栽 → 視線 → 光 → 障子・格子

までをひとつながりで考える。

これが、カーテンレスの暮らしにつながっていくのだと思います。


洋室にもカーテン以外の選択肢を。「和の良いところ」を取り入れる。

ここで「吉村障子」の存在が出てきます。

障子というと、「外から見えないようにするもの」と思われがちです。

けれど、障子はカーテンとは少し違います。

閉めても、外の光は入ってきます。

庭の気配も残ります。

朝の光。

曇りの日の柔らかな光。

夕方の少し赤みを帯びた光。

外の明るさによって、障子そのものが表情を変えていきます。

つまり障子は、

外を遮断するための建具ではなく、外の光を室内に取り込むためのフィルター

として働きます。

実際、吉村障子を紹介する住宅記事でも、一般的なカーテンの代わりに陽射しや視線を遮る目的で障子を採用した事例が紹介されています。

だからこそ、カーテンレスという考え方と障子は相性がいい。

カーテンを閉めれば、窓の向こうは見えなくなります。

でも障子なら、

視線を和らげながら、光や外の気配は残すことができる。

この違いが大きいのです。


吉村障子が美しい理由

吉村順三が考えたとされる「吉村障子」は、框と組子の見付寸法を揃えることで、何枚かの障子を閉めたときにも、ひと続きの大きな面のように見えるのが特徴です。

普通の障子では、周囲の框が太く見えます。

一方、吉村障子では縦横の線が連続していく。

そのため、障子を閉めたときに「建具が並んでいる」という感じが薄くなり、壁のような静かな面になります。

これが、現代のリビングにもよく似合う理由のひとつです。

「和室だから障子」ではありません。

フローリングのリビングにも、ダイニングにも合う。

実際に、洋室のリビングに吉村障子を採用し、カーテンの代わりに使った事例も紹介されています。

障子は、和風の装飾ではない。

光と視線を調整するための、とても合理的で美しい建築部品なのです。


窓に格子をつけたいとき、どう暮らしに取り入れる?

では、障子だけで十分なのか。

そうではありません。

窓の場所によっては、障子よりも格子が適していることがあります。

その代表が「永田格子」です。

「永田格子」という名前は、建築家・永田昌民先生が好んで使っていた格子を、伊礼智先生が自分の設計に取り入れ、永田さんへの敬意を込めてそう呼んでいるものです。

特に使われるのが、西日や朝日が強く入る小さな窓。

伊礼さんは、格子によって日差しを和らげながら、格子の隙間から入ってくる光を「光が室内に遊びにくる」ようなものとして捉えています。

ここが、とても面白いところです。

西日が強いから、

「カーテンを閉める」

のではない。

格子によって光を分解し、

「西日そのものを室内の風景に変えてしまう」

のです。


カーテンで消すのではなく、光をデザインする

例えば、西側に大きな窓があったとします。

午後になると強烈な西日が入ってくる。

一般的な住宅なら、

「ここには遮光カーテンを付けましょう」

となるかもしれません。

でも、そこで格子を使う。

すると、強い光は格子によって分けられ、室内には縞状の光と影が生まれます。

時間が経つにつれて、太陽の位置が変わる。

すると、床に落ちる影も少しずつ動いていく。

同じ部屋なのに、午前と午後ではまったく違う表情になる。

これは、照明器具ではつくれません。

自然光そのものが、室内の装飾になる。

永田格子の魅力は、そこにあります。


障子と格子は「カーテンの代わり」ではない

ここまで考えると、障子と格子の役割が少し見えてきます。

障子も格子も、単純な「カーテンの代用品」ではありません。

障子は、

光を柔らかくする。
視線を和らげる。
外の明るさを感じさせる。

格子は、

強い光を和らげる。
視線を調整する。
光と影を室内に取り込む。

それぞれ役割が違います。

そして、その前提にあるのが、

そもそも窓をどこに、どの大きさで、何に向けてつくるのか

という設計です。

ここが一番大切なのだと思います。


「カーテンを閉めなくていい窓」は、窓だけではつくれない

カーテンレスの家をつくるために、大きな窓をつくればいいわけではありません。

むしろ重要なのは、

「外からどう見えるか」

です。

例えば道路から直接リビングが見える場所なら、いくら大きな窓をつくってもカーテンを閉めたくなります。

そこで、

庭を一枚挟む。

植栽を置く。

窓の高さを変える。

少し視線をずらす。

建物を配置する。

軒を出す。

そして必要なら障子や格子を使う。

こうして一つずつ視線を調整していく。

すると、窓は「見られてしまう場所」ではなく、

「外を眺められる場所」

に変わります。


庭と窓と障子は、セットで考える

だから私たちは、窓だけを考えてはいけないと思っています。

例えば、リビングの大きな窓の外に一本の木がある。

その木が、道路からの視線を受け止めてくれる。

室内から見ると、その木が庭の景色になる。

さらに室内側には障子がある。

昼間は障子を開けて庭を見る。

少し日差しが強いときは障子を閉める。

それでも庭の明るさや木の気配は残る。

夕方になると、格子越しに光が入る。

夜には、障子に室内の明かりが柔らかく浮かぶ。

こうなると、

庭・窓・障子・格子が、それぞれ別々のものではなく、一つの「窓辺の風景」

になります。

これが、カーテンレスという暮らしの本当の面白さなのではないでしょうか。


「隠す」から「つなぐ」へ

現代の住宅では、プライバシーを守ろうとすると、どうしても「隠す」方向に考えがちです。

カーテンを閉める。

ブラインドを下ろす。

窓を小さくする。

外から見えないようにする。

もちろん、それも必要な場合があります。

でも、日本の住まいには昔から、もう一つの方法がありました。

完全に隠すのではなく、少しだけ遮る。

障子。

格子。

簾。

深い軒。

縁側。

庭。

これらはすべて、内と外の間に「中間領域」をつくるものです。

完全に開くわけでもない。

完全に閉じるわけでもない。

その「あいだ」があることで、外とつながりながら安心して暮らせる。

そこに日本の住まいの豊かさがあります。


良い建具は、暮らしを変える

伊礼智さんは、永田格子について、建具は空間の魅力だけでなく、暮らす人の気持ちを大きく左右する大切な建築ツールだと語っています。

これは、私たちが建具を考えるうえでも大切にしたい言葉です。

障子や格子は、単なる「部品」ではありません。

朝の光を感じる。

庭の緑を見る。

西日の影を眺める。

雨の日の明るさを感じる。

夕暮れの光が少しずつ変わっていく。

そうした日々の小さな変化を、家の中に届けてくれます。

つまり、

建具が暮らしの時間をつくる。

そんなこともできるのです。


私たちが目指したい「カーテンレス」

私たちが目指したいのは、

「カーテンを付けない家」

ではありません。

「カーテンを閉めなくても暮らせる家」

です。

そのためには、まず敷地を見る。

どこに庭をつくるか考える。

どこに視線が抜けるかを見る。

どこから光が入るかを考える。

そして、その光や視線に合わせて窓をつくる。

必要なところには障子を入れる。

強い西日には格子を使う。

植栽で視線を受け止める。

軒で光を調整する。

そうやって、ひとつひとつ建築で解決していく。

その結果として、

「カーテンを閉めなくても、気持ちよく暮らせる」

という暮らしが生まれるのだと思います。


古いものを真似るのではなく、知恵を受け継ぐ

吉村障子も、永田格子も、単に昔の建具をそのまま使えばよいという話ではありません。

吉村順三がつくった美しい障子。

永田昌民が住宅の中で使い続けた格子。

そして、それを現在の住宅に合わせて更新しながら受け継いでいる伊礼智さん。

伊礼さん自身も、吉村障子や永田格子について、良いものは残しながら、アップデートしていくことの大切さを語っています。

これは、私たちが日本の家づくりから学びたい姿勢でもあります。

形だけを真似するのではなく、

なぜ、昔の人はそうつくったのか。

その理由を考える。

そして、今の暮らしに合わせてもう一度つくり直す。


窓を「閉じる場所」から「暮らしを感じる場所」へ

窓は、家の中と外をつなぐ場所です。

だから、本来はできるだけ開いていたい。

庭を眺めたい。

光を感じたい。

風を感じたい。

季節の変化を感じたい。

でも、外からの視線や強い日差しがある。

そこで、昔から日本人が使ってきた知恵がある。

障子。

格子。

簾。

軒。

庭。

これらを組み合わせることで、

「閉じる」ことなく、「守る」ことができる。

そして、

「遮る」ことなく、「光を楽しむ」ことができる。

吉村障子の静かな美しさ。

永田格子からこぼれる光と影。

それらを現代の暮らしに取り入れることは、単に和の意匠を取り入れることではありません。

外とつながりながら、安心して暮らすための方法を、もう一度見つめ直すこと。

なのだと思います。

カーテンを閉め切った窓ではなく、

朝、障子越しに光が入り、

昼には庭の緑が見え、

午後には格子の影が床に落ち、

夕方には西日が少しずつ変化していく。

そんな一日の移ろいを、家の中で感じられる。

私たちがつくりたいのは、そんな**「窓辺のある暮らし」**です。

そしてそれは、

カーテンをなくすことから始まるのではなく、カーテンを閉めなくてもよい家を、建築から考えること。

そこから始まるのだと思います。

一覧へ

お問い合わせ

心より、皆様をお待ちしております。

お電話でのお問い合わせ

株式会社サン工房・スタジオ 
〒444-0921 愛知県岡崎市中岡崎町6番地1 
営業時間 / 9:00 ~ 18:00